金縛り体験記 ~楽しい修学旅行~
突然だが、あなたは金縛りに遭ったことがあるだろうか?
私はある。一度だけだ。
一節によると金縛りとは身体が重い(寝ている)が脳は起きている状態のことだそうだ。本来脳も身体の一部であるはずだが、その中枢である脳とそれ以外の身体が分離する。
今回はその話をしよう。
私は高校二年生の頃、沖縄の修学旅行に来ていた。夜は戦争を体験したご老人の貴重な意見を聞き、翌日には防空壕に入るという何とも素敵でありがちな、ザ・修学旅行!といったスケジュールをこなしていた。昔のことなので細かい記憶は曖昧だ。9月とは言え沖縄はまだまだ暑かったことと、当時は付き合っている異性など皆無だったため、美ら海水族館ではしゃぐカップルが私にとっては眩しかったことくらいしか覚えていない。
暑い夜だった。我々は沖縄のしけた、もとい古びた旅館でUNOやトランプに興じていた。夜中、私はひどく眠くなった。元来一人が好きな私は、一日の中で一分でも一人の時間が欲しくなる。元々集団行動には向いていないのだ。修学旅行はその性質上、私にとって一日中気を張らなけばなら図、体力的にも精神的にも辛いものがあった。
いつのまにか寝てしまっていた。
暗転。
目を開けると身体が動かなかった。動くのは瞼だけだった。手や腕を動かそうにも動かせない。ふと昨夜聞いた戦争体験話を思い出す。少し不安になる。何か霊的なものが働いているのではとの考えがよぎる。しかし、体は動かない。なんだか泣きたくなる。ほとんど唯一動かせられる眼球をだけを動かしてみても、天井しか見えない。口も開けない。私はもしかしたら、一生このまま動けないのではないのだろう科、誰か来ないか、叫ぶこともできない。つらい。このまま誰にも知られずひっそりと死んでいくのではないだろうか、誰もここに来ないのではないだろうか、そんな不思議な考えがよぎる。
泣きそうになる時分を抑え、私は怒った。
てめえ覚えていろよ。
心の中でつぶやいた。今金縛りしている奴は誰なのかわからない。そもそも誰かに金縛りにされているのだろうか。もしかしたらただ単に、自分自身が自分自身を縛り付けているだけなのではないだろうか。わからない。
分からないことだらけではあった。しかしその時、確実に私は以下っていた。何かに。従わなければならない「何か」に。そしてそれらに従う自分自身に。
1,2、の3。だめだ。
もういちど、
1,2、の3…………
1,2、の3。
起き上がった。
見回すと、遊びに興じていたはずの皆の姿は無く、ただ空気がやけに冷たく、しんとしていた。
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「え~~~~~だって気持ちよさそうに寝ていたし。」
友人はUNOの手札を眺めながらだるそうに言った。
なんと友人たちは私をさし置いて、隣の部屋で遊んでいた。「本当に怖かった」と半分泣きながら怒る私何てお構いなしだった。「起こしたら悪いと思って」との気遣いも嬉しいが、一声かけてほしかったことも事実だ。報連相。
ある友人が紅芋タルトを食べながら言う、
「それより阿部さ、この部屋の前、先生の部屋なんだけど、よくばれなかったね。見回りしているのにさ」
「ねえ。すごいよ。部屋の前で椅子を構えているのにさ」と、別の友人もおだてる。
「え?先生?別にいなかったけど。たまたま」本当にいなかった。私は何の障害も無く隣の部屋に抜け出せたが、本来は他の部屋に抜け出すことは禁じられているらしい。
「すごい!阿部ってスパイみたいに運が良いんだね!」
「ね!スパイみたい!」と、口々に皆が言った。私は恐怖と混乱と安堵が一緒くたになっており、反論する気力も起きなかった。もう何でも良かった。
とりあえず私は皆のいる部屋で二度寝した。
今度目覚めた時、私の身体は正常に動いたが、翌朝から私のあだ名は「スパイ」になっていた。あいつらは許さん。