阿部梅吉の日記

梅好きの梅好きによる梅好きのための徒然な日々

僕が書くことについて書くときに僕が書くこと 幼児編



僕は詩や本を書く人になりたい
(当時は作家とか詩人なんて言葉は知らなかった)。


僕の家には結構な数の絵本があった。
母さんが絵本好きだったからだ。

後で語ることになるが、彼女にはセンスというものがあった。

極論を言えば、彼女にはセンスしか無かった。
それだけを武器に生きていた、と言っても過言ではない。

彼女はセンスを武器に、まるで巨大な勢力を持って北上する台風のように、いろんな人を巻き込んだ。

うまく行ったこともあったし、悪くなることもあった。

しかしとにかく、周りの人は彼女から目が離せない。

不思議だ。

僕の母さんはそんな人だった。


そんなわけで、僕はたくさんの絵本と小説と雑誌、それと壁一面にある法律関係の本たちに囲まれて育った。


また、僕の幼稚園には月に一度お勧め図書というチラシが配られた。
3歳の子はこの本を、4歳の子はこの本を読むと良いでしょう。
みたいなやつだ。

夏にはスイカ割りの話とか、冬なら雪だるまが登場する絵本が紹介される。


母さんはそれを見て、毎月すぐさま本を注文した。

たぶん母さんは、そのお勧め図書が幼稚園指定図書だと思っていたのだろう、
ほとんど何も考えず、僕に本を与えた。

いや、違うな。

今考えれば、彼女自身、絵本が好きだったんだと思う。

 

また、彼女は良いと思ったものは、なんでもすぐに買ってしまうという性質を持っていた。

それが絵本であれ絵であれ服であれ、彼女が心惹かれたものは絶対に手に入れる。
そういう人なのだ。
周りの人も、彼女に快くそれらを与えていた。

不思議なことだが、彼女が良いと言ったものは大抵、のちに爆発的に売れるようになる。

先見の明。

彼女にはそういうものが備わっているのかもしれない。



そんなわけで、毎月毎月新しい絵本に出会い、家にも本があり、
僕が本好きになるのは当然の成り行きだった。



僕が作家で、ゆきちゃんは本屋。
ぼくの本をいつか売る。

そんなことを言いあった。
幼稚園の卒園式の前の日だったっけ。



僕は幼稚園のとき、生意気にもゆきちゃんからバレンタインチョコをもらった。

たぶん、いっつも遊んでたからだと思う。

でも、ゆきちゃんはホワイトデーの日、熱を出して幼稚園に来なかった。

だから僕はゆきちゃんの為に用意していたクッキーを自分で食べてしまった。

だって、ホワイトデーの日にしかお返しをしちゃダメだと思ってたんだ。

後からお母さんは、ゆきちゃんのお母さんに何か送ったみたいだけど、わからない。

クッキーだったかもしれないし、何か別のものだったかもしれない。

僕はゆきちゃんと遊んだ日の帰り、お母さんがゆきちゃんのお母さんに何か渡しているのを見たから。

でも僕の思い違いかもしれない。



僕のお母さんは今海外にいる。
お父さんも仕事でよく家をあける。

小さい頃から、二人はテレビに出て、雑誌に顔を出していた。


お母さんは本を出し、SNSに僕らの生活をアップする。
そしてそれがまた本になる。
システムなんだ。
地球の周りを月が回るのと同じ。

アップされるものは、

たまに自炊してくれたときのご飯(結構美味しい)、僕のファッション、新しく買ったあまり実用性のないインテリア。

しかし大抵、アップされるのは彼女の毎日のファッションだった。

彼女の着こなしは素晴らしかった。
いや、今でも素晴らしいと言える。

彼女の服の選び方には品があったし、自分のよさを熟知していた。
それに合う服を選び出すセンスもあった。

彼女は背が高く、どちらかといえばキリッとした顔立ちだ。
当然、パンツスタイルなどのハンサムなコーデが似合う。
ヒールもはく。
彼女がヒールをはくと、周りの空気がパリッとした。
彼女がコツコツとヒールを鳴らして堂々と街を歩くと、僕が今まで空気のように感じていたカフェとか空とか普通の道とか、そういうのの一つ一つが、まるで映画のワンシーンのように感じられる。

それは本当に不思議な感覚だった。

才能というものがこの世にはある。
良いとか悪いとか、そういうあらゆる善悪を超えて、それはそこにある。

僕は幼いながら、そう感じた。


僕の父には、残念ながらそういったセンスというものは皆無だった。


ただ彼には、実直さと根気があった。
人一倍努力家だった。
センスの無い努力家。
知っての通り、こういう人は化けると怖い。
ある種の分野ではこういう人間は、敵に回すと恐ろしい人種となる。
センスで戦ってきた奴と違って、対策のうちようがないからだ。


彼の職業は弁護士。
しかも、その業界ではわりかし有名な。

真面目を絵に描いたような人物で、爽やか。
顔はイケメンではないけれど、愛嬌がある。
整っている、と言えるかもしれない。
でも、顔が丸くて、目が少し細い。
日本犬のような顔立ちをしている。

それが逆に、弁護士としては有利に働くのだ。
あまりに整いすぎている人よりも、少しどこか愛嬌のある顔の弁護士の方が、なぜか話を聞いてくれやすい。

不思議なものだ。

彼の声だってそうだ。
別に彼の声は大きいわけではない。
こもるわけでもない。

でも、何かが僕らを惹きつける。
彼の淡々とした、でも努力に裏付けされた自信のあるような大人な喋り方に、僕らは惹きつけられないわけなかった。


 

そんな二つの全く違う惑星で育った男女のもとに、僕は生まれた。

才能。


僕は幼いながらに、それを強く感じないわけにはいかなかった。

二人は全く違う才能をもっていた。
全く違う輝きを放っていた。

でもだからこそ惹かれあい、なんとか彼らの生活を成り立たせているのだ。
たぶん。


とはいえ、本当のことを言えば、家のたいていの物事はお手伝いさんがこなしていた。
彼らは仕事で忙しい自分たちの代わりに、お金でヘルパーさんを雇った。


ヘルパーさんは明るくさっぱりとした感じのいいおばちゃんで、掃除も完璧だったし、料理も美味しかった。

彼女は間宮さんと言った。
いつもお手伝いさん、と読んでいたけど。

彼女はお母さんみたいに、あんまり凝ったものは作らない。
ルッコラとかパセリとかを使ったり、あまり盛り付けもしないのに食器一つ一つに拘ったりなんかしない。

でもきっとこれが家庭の味というものなんだな、と彼女の料理を食べるたびに思った。

これは母さんには秘密だが、僕は間宮さんが作るしみしみの大根の煮物とか、少し味の薄いやわらかいコロッケがこの世の食べ物の中で一番好きだ。
 
時々無性に食べたくなる。特に居酒屋の帰りとか。


間宮さんが休みのときは、彼女の娘だか姪だかが来ることもあった。

間宮さんの娘さん(たぶん)はもう大学を卒業していて、普段は小料理屋で働いている。
彼女もなかなか、料理がうまい。

彼女の名前は忘れてしまった。
たしか純さんだと思う。
でも僕にとって、彼女は間宮さんの娘さんでしかない。
たぶん、永遠に。



僕は幼稚園を卒園すると、私立の小学校に行くことになった。

試験もパスしていた。

でも僕はあまり気乗りがしなかった。
ゆきちゃんもノリくんもカズマくんも、公立の学校にいくから。

僕だけが離れ離れになるなんて知らなかったのだ。
それを知ったとき、ほんとうにお母さんに騙されたんだと感じた。

僕は駄々をこねた。

泣いた。泣きまくった。
もう年長さんなのに、わざと足をバタつかせて泣いた。
子供っぽいとはわかっていたし、他の子に見られたら絶対に辞めるけれど、家ではそうしない訳にはいかないのだ。


僕は家で三日間、お母さんと口を聞かなかった。
お父さんはそのとき仕事で忙しかった(のちに社会の教科書にも登場することになる大きな事件に、彼は関与していた。もちろん弁護士として。とある凶悪な詐欺事件の容疑者の弁護人を務めたのだ)。


結局、気の強かったあのお母さんも折れて、僕は公立の小学校に行くことになった。




〜小学校編へ続く〜